肝芽腫の手術-肝切除術 home

肝芽腫は他の小児がんと比べ、手術で取ることが重要というところが特徴です。
良い化学療法がなかった時代には巨大な腫瘍を果敢に手術し、術中に亡くなるというようなこともありました。現在は化学療法が進歩し、巨大な腫瘍でも小さくしてから安全に手術出来ることが大半です。また、それでも取れないような腫瘍は『生体肝移植』という方法があります。肺などの転移に対しても、手術を積極的に行います。
      
    北河徳彦(小児外科指導医。小児がん認定外科医。神奈川県立こども医療センター小児がんセンター外科系部門長)


 

1. 肝臓のしくみ
2. 肝切除か肝移植か
3. 肝切除の方法
4. 肝切除手術の実際
5. 手術後(肝切除後の合併症)
6. 肝切除後の効果判定
7. おわりに


  1.肝臓のしくみ 

肝臓の手術は、がんの部分だけをくり抜いて取ることは出来ません。通常、がんの部分を含めた肝臓の一部分ごと切除します。これは、がんが飛び散っているかもしれない、がんの周囲も取るという意味があります。
肝臓に出来たがんを取れるか取れないか、それは前述した「がんが肝臓のどのくらいの部分を占拠しているのか」と、「重要な血管が大丈夫か」によります。
そのことを理解するためには、肝臓の構造を知ることが必要です。
@ 肝臓は大きく左右に分かれる。













A さらに細かく4つの区域に分けることが出来る。(これが重要。図2)
B もっと細かく、8つの部分に分けることが出来る。
C 肝臓に血液を送り込む血管は「門脈」と「動脈」で、
出て行く血管は「静脈」である。(※図1)
D 肝臓から腸に消化液(胆汁)を出す管を胆管と呼ぶ。
以上が重要です。一つずつ説明します。
@ 肝臓は大きく「左葉」と「右葉」に分かれます。
もしこのどちらかに腫瘍ができた場合は、大きく片方の肝臓を取ってしまう
手術が出来ます。取ってしまった肝臓は、トカゲの尻尾のようにまた再生
します。
A 肝臓をもう少し細かく分けると、左葉は「外側区」と「内側区」、
右葉は「前区」と「後区」に分かれます。これで4つです。もしこれらのうち
1つに腫瘍があれば、その区域だけを取ることが出来ます。
3つにまたがる場合でも、1つ残すことが出来れば3つ取ることが
出来ます(※図2)
B さらに細かく、外側区は2つ、内側区は1つ、前区は2つ、後区は2つ、
それに尾状葉という部分が加わり8つに分かれます。がんが非常に小さくて
8つのうち1つにあるような場合は、その小さな部分だけを取ることも
ありますが、肝芽腫では滅多にありません。
C 肝臓だけにある特有の血管が「門脈」で、左右2本あります。これは腸とつながっており、腸で吸収した栄養を
肝臓に運ぶ役割をしています。この血管にまでがんがある場合、通常の手術では取れないことがあります。
一方、静脈は3本ありますが、これも3本ともがんがあると肝移植以外に方法がありません。
D 肝臓は300種類以上の働きをするといわれている身体の中の工場です。その工場で作られる消化液で脂肪を
消化したりする働きがあるのが「胆汁」です。便が黄色いのはこの胆汁の色であり、肝臓が働かなくなる(肝不全)と、
黄疸が出るのもこの胆汁のためです。これを運ぶ管が肝臓から左右2本出ており、十二指腸につながっています。
がんがここに及ぶことは滅多にありませんが、2本ともがんが侵襲している場合は切除出来ません。



  2.肝切除か肝移植か 

肝芽腫に対する手術は、大きく2つに分かれます。肝切除術か、肝移植術です。可能なら肝切除術が望ましいです。
その理由は、肝移植(生体肝移植)は健康な人(肝臓提供者)にメスを入れなければならないこと、また一生免疫抑制剤を飲まなければならないこと、などの問題があるからです。

肝切除をするには、基本的に以下の条件が必要です。
@ 腫瘍のある肝臓を切除した場合、最低1区域が残る。
A 肝静脈(3本)、門脈(左右2本)、肝動脈(左右2本)が、それぞれ最低1本残る
逆に上記が満たせない場合は、肝移植が必要になります。
最初から腫瘍が小さければすぐに肝切除術を行います。もし大きければ、肝切除出来るようにするため、化学療法で腫瘍を小さくします。それでも肝切除が不可能な場合は、肝移植をします。



  3.肝切除の方法 

肝臓を4区域に分けて、どの区域に腫瘍があるかをCTやMRIなどの画像診断で決定します。それに基づき、4つの区域のどこを取るかを決めます。肝芽腫でよく行われる取り方は主に7種類あります。全て、最低1区域は残って肝臓が働くようになっています。当然、取る区域が少ないほど身体にかかる負担は少なくなります。主な切除の方法は上述の「図2」の通りです。
大人の肝臓がんの手術では、肝臓そのものが肝硬変で傷んでいる場合が多いので、たくさん切除すると肝不全になりやすいのですが、子どもの肝切除では肝硬変がないため、大きな切除も比較的安全に可能です。



  4.肝切除手術の実際 

手術は下記の順番で進みます。
@ 開腹
お腹を切開します。通常、上腹部を山形に切開することが多いです。腫瘍が大きい場合などは、それに加えてお腹の真ん中を切り足して「逆Yの字(ロゴとにていることから「ベンツ切開」という俗称もあります)」
A 肝臓の剥離
肝臓は、いろいろな膜で周囲とくっついて固定されています。これらを切って肝臓を取り出しやすくします。
B 血管・胆管の処理
肝動脈、門脈、胆管を見つけ、切除する区域に流れ込むこれらの血管・胆管を糸でしばって切っていきます。こうすることで手術中に出血を減らすことが出来ます。
次に胆肝静脈という、肝臓と大静脈を直接結んでいる小さな血管(数本)を糸でしばって切っていきます。とても短い血管なので出血しやすく、執刀医は緊張する部分です。
C 肝切離
いよいよ肝臓そのものを切っていきます。超音波やウォータージェットなどの力で切ると、出血を減らすことが出来ますので、通常このような道具を使います。最後に、肝静脈を処理すると病巣を含んだ肝臓を取り出すことが出来ます。残った肝臓に取り残しがないかどうか確かめます。エコーを使ったり、特殊な蛍光物質を使って光らせて調べること(ICG蛍光法・肺切除の項に詳しく書きます)
D 閉腹
お腹にたまった血液などを外に出すための管(ドレーン)を入れた後、開腹したキズを縫って閉じます。通常4層くらいに閉じます。



  5.手 術 後(肝切除後の合併症について) 

@ 胆汁漏
残った肝臓から胆汁が漏れることです。ドレーンから黄色い液体が出てきます。量が少なければいずれ止まることが多いです。量が多く、減らない場合は再手術して縫合などで止めます。ドレーンから排出されずにお腹の中に貯まることもあります。針を刺して吸引したり、再手術をします。
A 出血
手術後に肝臓や血管から出血することがあります。ドレーンから出てくる血液の量や、血液検査でのヘモグロビン値の低下で分かります。多い場合は再手術をして止めます。
B 肝不全
残った肝臓が小さすぎてうまく働かない場合です。黄疸が進んだり腹水が多くなったりします。血液検査で分かります。対応としては、新鮮凍結血漿を輸血し、肝臓で作ることが出来なくなっているもの(血液凝固因子等)を補充し、肝臓が再生してくるのを待つことです。肝不全の程度が強い場合には血漿交換をすることもあります。



  6.肝切除後の効果判定 

他に転移がなく、腫瘍が完全に取り切れていれば、血中AFP値は次第に下がっていきます。下がると言っても術後1週間でゼロになるようなことはなく、通常は5日前後で半分の値になっていきます。



  7.おわりに 

以前と比べると、肝切除術は安全に出来るようになりました。しかしそれでも、血管ぎりぎりのところで剥離をしなければならない症例など、小児外科の最高難度手術のひとつであることには変わりはありません。肝芽腫そのものの症例が少ない(日本で年間50例程度)ため、施設により経験に差があり、肝切除出来る症例でも肝移植を勧められたり、肺転移があるから肝切除は出来ないと言われることがあります。
このような場合は、経験豊富な施設でセカンドオピニオンを受けられることをお勧めします。

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